きのみきのまま

食べたのものや考えたことなどのきろく

もしかしたらなにかを堪えているのかもしれない

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ちょっとだけ会社をサボって、大好きなバインミーをお昼にたべた。

 

もう風に春を感じませんか?

外できもちよくピクニックできるのが嬉しいなあ。

 

今日おもったこと

何かを堪えているのかもしれない、と思ってひとと接する優しさについて。

 

先日知人が、集まりに大寝坊してこれなくなった友人にちょっと文句を漏らしていました

 

なんかそのとき、ひっかかっていた。

 

そして最近読んだ4コマ漫画の中で

 

どんくさい主人公の女の子が学校の運動会のかけっこでびりになって

 

微妙な笑顔で家族のもとに戻ったときにお父さんが

「びりのくせにへらへらするな!」と怒るのだけど

 

最後のコマで女の子が泣いていて、おばあちゃんがお父さんに「この子なりに堪えてたんだよばか」と諭す

 

という話が出てきて、なんてことない話なのに、鼻がつんとしてなみだがでてきた。

 

なんか、この2つのできごとが繋がった感じがしてて。

わたしがほんとうは気づいて欲しかったのではないかと。

 

わたしは幼いながらに家族が仲良く笑ってほしいな〜って、がんばってにこにこしていたことがあった。

内心は、家族がバラバラになったらどうしようって不安だったり、子供心にわたしはこれがやりたいという気持ちがあったりする中で、そんな風に過ごしている時期がありました。

 

だけど、そのときに、無理しなくていいんだよ〜って、わたしはこうしたいんだよねって、言ってくれる人が、本当は欲しかった。

 

だから、人の最終的な行動とか見た目でジャッジして反応することが、人を傷つけるかもしれないということに、敏感なのかなあと思います、

 

もしかしたら今日遅刻したこの人は、すごく辛いことを抱えてて、やっとの思いでここにきてくれているのかもしれない。

 

100回のうち99回が違っても、その可能性が1回でもあるのならば、その1回かもしれないと思って接するのが、善い心持ちなんじゃないかなあと

 

そう思いました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜日の心の整え方

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日曜の夜は大好きなカムジャタンを食べました。

おいしすぎる。

 

鍋って美味しいけどガツンと食べたいときは物足りないないですか?特に酒飲みだと、、

 

その点カムジャタンは野菜をたくさん食べれるし、油は控えめだけどガッツリ味濃いめ、お酒がすすむ、最高鍋です。

 

さて、今日はいつもよりも、月曜日をうまく乗り越えられた気がするので、記録。

 

まずわたしがいつも月曜日どうなってしまうかというと

 

・朝、不安、祭りのあとみたいな寂しさ切なさ、焦燥感が入り混じったような、憂鬱な気持ちになる。自分が社会人とか資本主義に向いてないことをうだうだ考える。

・つらいつらいと思いながら仕事を始めて、午後以降くらいにやっとペースを掴み始めて平常心に戻る。

 

毎週びっくりするくらい同じ心境になります。

長く続くものではないとわかっていても、毎度しんどくてなんとかならないかなあと思う。

 

原因としてはわたしの性質と、会社で求められることのギャップが大きいことかなと思っています。

 

▶︎性質

・内省的、自分の感情をとても大事にする

・自分が善いと思う生き方をしたいという思いが強い、主に倫理的な面において理想主義

・マイペース、現実的な課題に対する対応が苦手

・共感性、感受性が高くて周りの人の気持ちを察して期待に応えようとする

 

▶︎会社で求められること

成果主義

・スピード重視

・効率重視

 

自分が大切にしたいものとはズレているのに、求められるとこたえずにはいられないので、結局無理をすることになるし、上手くできない自分に罪悪感さえ持つ

 

これがだんだん積み重なるのが会社にいる時間です。

今はかなり人もよくて、理念にも共感できる職場で働けており"会社"の中ではかなり合っていると思うのですが、それでもこのズレは必ずあるようです。

 

若い頃、学校なんかも苦痛に感じることが多かったです。

 

いつも神経の疲れが限界だったけど今みたいに言語化できてなくて、みんななんで普通に日常を過ごせるのかわからなくて随分悩んだ。

 

今は前よりもかなり自分のことがわかってきたので、週末はリラックスして過ごせてることが多いです。

そして、そういう自分でも付き合ってくれる優しい優しい人たちと接しています。

 

だから、週末が終わって月曜が始まるときのこの、自分が自分でいられなくなる感覚。自分が自分でいたら責められたり、大事にされなかったりする孤独、不安。

 

そういうものが憂鬱につながるのだと思います。

 

いつもの話が長くなっちゃった。

ただ!今日はなんとなく、いつもより安心して仕事に入れました。

 

どれが効いたのかまだよくわからないので、これかな?というのを書いておこう。

 

・8時間寝た

(長いのが良かったのか8時間というのがよいのかは定かでない)

22時頃帰宅して、お風呂に入って、お香をたきながら少し部屋で携帯を触って、23時過ぎには就寝。7:30起床。いつもより、起きた時のウッという気持ちがなかったような。

 

・感受性に関する本を読んだ

自分みたいな性質の人の幸せにつながることについて、書かれている本を読んだ。

働いているときも感性を開いたままで過ごしても良いのだ、社会が良しとしている価値に過ぎないことに振り回されなくてよいのだということを思い出せた。

表現をすることとか、身の回りのものをときめくものにするとか、たしかにわたしにとって大事だなと思うことが書かれていたので、わくわくした。

 

・仕事に慣れてきた

オフィスに着く前に、溜まったあれやこれやの仕事の処理をなんとなく考えてったら、到着後わりとすぐにタスクの整理ができた。

朝上司とのMTGをいれてて全部報告できたし、あとはやるだけの状態になれた。

 

MTGが少ない

異動してから、MTGの時間がめちゃくちゃ減った。わたしにとってこれは結構、ストレス軽減のようで。

だからゆくゆくは、もっと黙々やる系の仕事に就くのもよいのかも。

 

こんなとこかなあ。

これを機に、月曜日上手になれるといいな!

 

 

 

 

 

 

 

 

なりたい自分になれることは多分ない

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深夜にラーメンを食べてしまいました。

 

今日はがんばったから特別だよ〜!を、毎日自分にしてしまっている。

 

仕事もプライベートも自信がないときは、足りない自分が目につきます。

あと、他人の態度とか、反応とか、言葉とか、そういうものにとても左右されやすくなる。

 

だめだだめだと思っているから、無意識に他人の自分への眼差しのなかにそれを見つけだして、やっぱりね、って思う

という作業をしてしまっている気がします。

 

他の人は、それほど私のことを気にしてよく見ているわけもなく。

ということは、なんか他人にこう思われてそうだなって感じ方は、ほぼほぼ自分が自分をどう思っているか。ということになる。

これはポジティブなときもそう。

 

そういう状態のときは、ダメな自分を克服するためになにか努力をする、というよりは、今の自分も悪くないよ、と思えるような活動をするのが良いんじゃないかなーと、思います。

 

若い頃自分のことがいやいやでたまらない時代があったのだけど

 

よくひとりで頭の中で自分の悪いところを列挙して、それらをなくすにはどうやって生きたらいいんだろうと考えながら生きてた。でもわりと表向きは明るく過ごしてた。

 

誰のせいというわけでもないけど、我ながら、痛々しいなあ。

 

あのとき、つらいきもちを安心して吐き出して慰めてくれる人がいたなら、全然違っていたかもしれない。

 

私のこの、ひとりでがんばって惨めになるきもちとか、どこかで私のことなんてわかってくれないと思っている気持ちとか、愛されたいのにこんなポンコツな自分じゃだめだと内心不安でいっぱいになる気持ちとか、そういうものは、この頃の気持ちが心に染みついてるものだと思う。

 

そういうときのがんばる、は、良い方向に転んだことがないです。

 

わたしがなりたい自分になれることはないんだと思う。

 

できるのは、少しずつ自分をいかしていくことだけ。

自分もそんな悪くないぞって、植物に毎日水をやるような気持ちで、私だけはそう思いながら過ごしたい。それが、周りを大事にできることにつながる気がする。

 

と、そんなことを考えているうちに今日も、忘れものしたり電車乗り過ごしたり

 

 

 

 

 

 

時間にまかせて、自分のこころをいちばんに考えて

 

今日のおつまみは、みんな大好き、じゃがびー!

 

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じゃがびー、最初食べたとき美味しすぎてびっくりしませんでしたか?

 

じゃがりこを凌駕する革命的なお菓子だと思いました。

 

結局じゃがりこがホームみたいなところもあるんですけどね。

 

いつでも好きな方を食べられるなんて幸せな暮らしです。

 

今週はいつもの月曜日よりも上手に過ごせた気がしています。

 

わたしはいつも、月曜日は午後イチくらいまで、切ないような悲しいような寂しいような、なんともいえない気持ちでいっぱいになってしまうんですね。

 

それは私自身がかなり内向的で、共感性が高めで、平和主義、理想主義なところがあるので

 

資本主義社会のなかで組織で働く、ということがかなり無理をしないといけないからかな、と思っています。日ごろよくがんばってる。

 

土日はそういうものから解放されて、思いきり気ままでマイペースで、のんびりで、ポンコツでいるようにしてるわけです。

そういう自分を面白がって好きでいてくれる心の広い友だちや家族とばっかり会っている。

 

だから、月曜日のね、ギャップ。

あぁ、また苦手なことばっかりしなきゃいけない、じぶんの特徴を弱みととらえてリカバーリカバーする動きをしないといけない、

 

赤ちゃんの頃に戻りたいなぁ〜

 

っていうね、アラサーになってもまだこんな脳内なんですわ。

 

最近は特に新しい環境にいるのでより、しんどいなあ居場所がないなあと思うことが多く。

 

そういうときはあまり広い興味が持てなくなってしまうので、悲しいことや嫌なことに直結するテーマの本をぱらぱらと読んでました。

 

居場所がないとか、繊細さとかね。

 

今週はその中で2つを試してみてます。

 

・自分のこころの平和をいちばんに考えること

・時間の問題でしかないことはプロセスと捉えて、生活全体でバランスをとること

 

たとえどんなに仕事ができなくても

他人に自分を責めろとか、落ち込めとか、気持ちを命令できるひとはいないです。そんな権利がある人はいない。

 

だから、どんなときも自分の心の平和をいちばんに考えて動くことは、全然自分勝手じゃない。

むしろ前向きに動いて、結果的に仕事も回ることの方が多い、だいじなことだと思います。

 

あとは、慣れとか、人間関係とか、ある程度時間に解決してもらうしかないものに関しては、プロセスと捉えて、向き合い過ぎないこと。

 

生活の他の部分で自分を喜ばせて、バランスをとること。

 

だからわたしは今日じゃがびーを食べながら、ビールを飲んで、だいすきなお笑いをみました。

 

普段は割と、悩んでることがあると延々に内省して、自分の中に答えを見つけようとしてしまいがちです。外界に興味を失って殻に閉じこもっちゃう。

 

切り替え下手なんだなとやっと自覚できたので、意識的に、お笑いをみて、声を出して笑う時間をつくってみたいと思います。

 

今週も生きていきましょう🌱

 

 

ほとんどきのこジェノベーゼ

 

こんにちは。

 

お昼はほとんどきのこのジェノベーゼ

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ジェノベーゼとても好きなことに、なぜか最近気づいた。香りがたまらん。

 

青い洞窟のジェノベーゼソース、安いし美味しいです。

 

最近太ってしまったから、パスタは60g(最近在宅のお昼普通に100g食べていた)

 

パスタ禁止してヘルシーなものだけにしようかと思ったけど、メンタルによくないし続かないから、量を半分にして好きなきのこで埋めようという作戦。

 

普通に美味しいしなんなら量ちょうどよくて満足。

0か100で考えないことは大事だね。

 

太ったときってショックで、頭の中で痩せるための計画をかんぺきに立てようとしちゃうんだけど

 

見た目を気にしてのダイエットって自己満な気がするから、それを軸に生活するのはなんか、自分の中で気持ちの良い心持ちではなく

 

日々をがんばって生きていて、食べることが大好きで、人と善く関わることで喜びを感じられる自分を大切にしながら、だよな〜とおもう。

 

冬はきっと体もエネルギーをためようと思っているんですよ。気長にやっていきましょう〜

 

 

 

水餃子鍋

 

どうも〜

おちょこ、という名前でブログを始めることにしました。

 

とてもおっちょこちょいなのと、お酒が大好きなのでいいかなあってね。帰り道におもいついた。

 

考えていることや感じていることを今までは自分の中でしか言葉にしていなかったけれど、なにか書いてみたくて。

 

とりあえずは日記のようにつらつら書いていきます。

いつか誰かと共感できたらいいななんて思う。

 

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今日の夕飯は水餃子鍋でした。

 

会社でお腹空きすぎて死にそうになっていたときに、冷凍の餃子があるから水餃子鍋はどうだろう?

 

と思いつき、レシピを調べたらかなり好みの味になりそうなものを見つけ

 

死にそうになりながら材料を買って帰って作って、乾杯〜

 

さいこう〜だ。

食べたいものが思いつくって、それは元気な証拠。

 

時間が解決する問題には真っ向から向き合うのではなくて、なんとか気分転換しながらしんどい期間ををやりすごす、っていう考え方が大切なんじゃないかなあと思います。

 

というのも最近、少し鬱々した時間を過ごしていました。

 

1月から新しい環境、新しい人間関係。

わたしは内省的なので、何か困ったことや悩んだことがあると、自分の中に原因と答えを見つけようとします。

 

自分が話している相手が不機嫌そうだったり、テンションが低かったりしたら、自分のせいではないかとか、どういうコミュニケーションをとったらもっと空気が良くなるか考えます。

 

組織に馴染めていない感覚があったら、自分のどこが悪いのか、浮いているのか、なぜ周りに仲良くしようと思ってもらえるような人間でないのか、考えます。

 

こうやって内省する癖は、良いこともあるけれど、人間関係とか組織に馴染むみたいな、他の人の気持ちや状況が絡んでくるようなものや、わたし自身の慣れの問題でしかないものについては、堂々めぐりになってしまう。

 

そして自分だけで考えて行動してみても、から回ってしまう。

 

そうやってあ〜あ〜あ〜と落ち込んでる期間を経るうちに、いつのまにか悩みは薄れていくことが多いです。

 

こういう類のことに関しては、焦ったって本当にしょうがない。

 

わたしはできるだけ元気でいられるように、こうやって食べたいものを食べたり、大切にしてもらえるともだちに会って話を聞いてもらったらしながら

 

新しい人たちをできるだけ前向きに捉えて、オープンな心で待っていて、気持ちが通じそうなタイミングを見つけたら自然に近づいてみる。

 

そういう風な過ごし方が大事なんじゃないかと思います。